大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1616号 判決 1987年4月30日
控訴人 株式会社 丸督製作所
右代表者代表取締役 谷口寛一
<ほか一名>
右控訴人ら訴訟代理人弁護士 川中宏
右訴訟復代理人弁護士 荒川英幸
被控訴人(附帯控訴人・以下「被控訴人」という) 株式会社 ダイイチ(旧商号・大一新淀機械株式会社)
右代表者代表取締役 菰渕要
右訴訟代理人弁護士 尾埜善司
同 前田嘉道
同 北山陽一
主文
控訴人らの本件控訴を棄却する。
控訴人谷口寛一は、被控訴人に対し、原審認容金額のほか、金二八万円及び内金一四万円に対する昭和五九年八月六日から、内金一四万円に対する同年九月六日から、各支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。
この判決の第二項は仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
(控訴につき)
原判決及び大津簡易裁判所昭和六〇年(手ハ)第六号約束手形金請求事件の手形判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(附帯控訴につき)
附帯控訴棄却。
二 被控訴人
(控訴につき)
主文第一、第四項と同旨。
(附帯控訴につき)
原判決主文第一項中、控訴人谷口寛一に関する部分を、「控訴人谷口寛一は、被控訴人に対し、金九八万円及びこれに対する昭和五九年八月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。」と変更する。
第二主張
当事者双方の主張は、次に付加訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目表一〇、一一行目の「別紙物件目録記載の機械」の次に「(以下「本件機械」という)」を加え、同裏四、五行目の「原告は」から六、七行目の支払拒絶された」までを「別紙9、10の手形は、支払期日に支払のため支払場所に呈示されたが「契約不履行」の理由で支払を拒絶され、被控訴人は現にこの手形を所持している」と改め、同四枚目表一〇行目の「事業関係」を「事実関係」と、同五枚目表六行目の「国際バネ」を「訴外国産バネ株式会社(以下「国産バネ」という)」と、それぞれ訂正する。
同六枚目表一〇行目の「第四項」を「第五項」と、同裏三、四行目の「乱用」を「濫用」と、同七枚目表二行目の「売買した」を「売り込んだ」と、同五行目の「国際バネ」を「国産バネ」と、それぞれ訂正する。
二 (附帯控訴により拡張した請求の原因)
本件機械の売買代金はそのうち九八万円が未払であるから、控訴人らにはその支払義務があるところ、被控訴人は、原審において、控訴人両各に右のうち七〇万円の支払を求め、残る二八万円については、控訴人株式会社丸督製作所(以下控訴会社という)に対する手形判決の認可を求めるにとどまっていたので、控訴人谷口寛一(以下「控訴人谷口」という)に対し、右同額の残代金の支払を求める。
第三証拠関係《省略》
理由
一 控訴会社に対する手形金請求について
被控訴人が原判決別紙約束手形目録記載の手形(以下、同目録記載の手形を「本件手形」という)9、10の二通を所持していること、右手形は控訴会社が振出したこと、右手形は支払期日に支払のため呈示されたが支払が拒絶されたことは当事者間に争いがなく、右事実によると、控訴会社が被控訴人に対し右二通の手形上の債務を負うべきことは明らかである。
控訴会社は右手形振出の原因たる売買契約の解除を主張するが、これが認められないことは後記三のとおりである。
二 控訴人両名に対する売買代金請求について
1 被控訴人は機械販売を業とする会社であり、控訴会社はメッキ加工等を業とする会社であって、控訴人谷口はその代表者であること、被控訴人は昭和五八年八月一二日控訴人谷口が代表者である訴外会社との間に本件機械を代金一四〇万円で売渡す旨の売買契約を結び、その代金支払のために同年九月八日控訴人谷口から訴外会社振出の本件手形1ないし5を受取ったこと、被控訴人は同月二八日本件機械を納入し、同年一一月八日残代金支払のために控訴人谷口から控訴会社振出の本件手形6ないし10を受取ったこと、これらの手形のうち期日の早い本件手形6ないし8は決済されたが、本件手形1、2は「取引なし」の理由で支払が拒絶され、ついで本件手形9、10は「契約不履行」の理由で支払が拒絶されたこと(本件手形3ないし5は支払呈示されなかったこと)、従って被控訴人は本件機械代金のうち四二万円の支払を受けたが、残る九八万円は受領していないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
2 被控訴人は、控訴人らも訴外会社と共同して一体となって本件機械の売買契約を結んだ旨主張するが、これを裏づける事実を認めるに足りる証拠はなく、被控訴人の右主張は採用することができない。
3 しかし、控訴会社が昭和五九年三月ころ訴外会社からその事業を継承し、本件売買契約上の買主たる地位も承継し、売買代金支払義務を引受けたことは当事者間に争いがなく、この事実と前記1に認定した事実とを併せて考えると、控訴会社が被控訴人に対し本件機械の残代金九八万円(本件手形9、10の合計二八万円を含む)の支払義務を負うことは明らかである。
4 そこで、本件機械代金の支払に関して、控訴人谷口がいわゆる法人格否認の法理の適用によってその責任を負うべきか否かについて検討する。
(一) 控訴会社の本店所在地は大津市横木一丁目八番九号であり、同所は控訴人谷口の住所であること、訴外会社の本店所在地は同市横木一丁目七番一二号であること、控訴会社、訴外会社とも控訴人谷口が代表取締役であること、その外に控訴会社は取締役が谷口寿一、川瀬奈々子、監査役が谷口嘉江と、訴外会社は取締役が谷口嘉江、野村寿男、監査役が野村幹雄と、それぞれ登記されているが、右谷口嘉江は控訴人谷口の妻であり、谷口寿一は子であることは、当事者間に争いがない。
(二) 《証拠省略》を総合すると、
(1) 控訴会社は、昭和五八年九月、取引先の倒産に関連して手形の不渡りを出し、昭和五九年二月に倒産した。控訴会社は、昭和四七年一月に設立されて当時休眠状態にあった株式会社横木プレス製作所が、昭和五八年一〇月に商号変更されたものであるが、昭和六〇年二月に手形の不渡りを出し、倒産した。
(2) 訴外会社と控訴会社は、登記された、(あ)目的は、前者が、各種金属プレス加工及びこれに附帯する一切の業務、後者が、一般金属機械・精密機械類のプレス加工部品製造及びこれに附随する一切の業務、であり、(い)資本金は、ともに一〇〇万円で、(う)本店は、前者の所在地は後者のそれから約五〇メートル離れた場所で、そこには前者に関連のあるものは何もなく、後者の所在地は控訴人谷口の自宅所在地と一致するが、そこには、両者の看板も、控訴人谷口個人の表札も、掲げられたことはなかった。
(3) 訴外会社、控訴会社は、いずれも、控訴人谷口が、その自宅の一室で事務をとり、京都府加佐郡大江町字田中にある唯一の工場で、谷口寿一が責任者として指揮をとる、という形で、女性のパート・タイマー五、六名ないし十二、三名を使用して操業し、国産バネ及び八幡金属株式会社から自動車の安全ベルトの金具にビニール加工を施す仕事を請負っていた。
なお、控訴会社の倒産後は、控訴人谷口自身が銀行取引等で表立った業務の遂行はなしえないでいるほかは、ほぼ同様の形で、寿製作所という名称の個人企業として、国産バネからの仕事を請負い施行している。
(4) 本件機械の売買契約は、訴外会社が買主となって締結されたが、その代金支払のためには、昭和五八年九月には訴外会社名義で五通(本件手形1ないし5)の、同年一一月には控訴会社名義で五通(本件手形6ないし10)の、各約束手形が振出、交付されている。被控訴人から振出人の名義が異ることを指摘された控訴人谷口は、「会社名は違うが、両方とも自分が経営している会社だから、いいではないか。」と説明して、これを納得させた。
(5) 控訴人谷口は、本件手形1につき「取引なし」の理由でその支払を拒絶された被控訴人が、控訴会社には銀行取引があることを確認したうえ、訴外会社振出の手形を控訴会社振出の手形とさしかえてもらいたい旨要求したのに対し、これに応じるような応答をしておきながら、結局、その実行はしなかった。
以上の事実を認めることができる。
訴外会社と控訴会社は、商号を異にし、銀行取引の口座が変る程度で、その実質は殆んど同一であることは、控訴会社代表者兼控訴人谷口本人の自陳するところであり、これと、右(一)及び(二)の諸事実を併せて考えれば、株式会社横木プレス製作所の控訴会社への商号変更は、手形の不渡りを出した訴外会社が、そのままその事業の遂行を継続するため、便宜その法人格を利用したものであって、両会社には、実質的、経済的にみて同一性が存するものというべく、そのような法形式の借用が容易に行われ、更に控訴会社の倒産後その事業を殆んどそのままの形で寿製作所に引継ぐことができたのは、結局、右両会社及び寿製作所が、実質的経済的には、控訴人谷口の個人企業にすぎないものであったからであると推認されるのであって、訴外会社、控訴会社は、ともに、実質的経済的には、会社として、控訴人谷口の個人企業とは独立して存在していたものとは認めがたく、会社とは名のみの法人格の形骸にすぎないものであるというべきである。
そうであれば、控訴人谷口も、訴外会社及び控訴会社が被控訴人に対して負担する本件機械売買代金につき、その支払義務を負うものといわねばならない。
三 控訴人らの契約解除の抗弁について
《証拠省略》によると、本件機械は、自動車の安全ベルトの止め金具にビニール加工を施す際、その金具を一定方向に整列させるためのもので、本件機械のホッパーに塗装ずみの金具を入れ、磁力によりホッパーを震動させることによって金具を整列させる仕組になっていること、従ってその構造上金具同志が擦れ合ってその塗装に多少の傷がつくことは避けられないものであること、このことは右機械を受注するまでに被控訴人から控訴人谷口に告知してあったこと、昭和五八年九月末、被控訴人は本件機械を製作して控訴人の前記工場に搬入し、試運転が行われたが、その際にも金具の塗装に線状の傷を生じたこと、控訴人谷口はこの製品を国産バネに見せ、その見本程度の傷であれば差支えないとの返事を得たこと、そこで被控訴人に対して右程度の傷であれば構わないとして、右機械の検収を了し、その上で同年一一月八日控訴会社名義で代金支払のための約束手形五通額面合計七〇万円(本件手形6ないし10)を振出し被控訴人に交付したことが認められ、この認定に反する《証拠省略》は信用することができない。そして、右事実からすれば、右試運転の際に生じた程度の製品の傷は本件機械の欠陥ではなく、右段階では契約解除の原因となりうるような製品の傷は発生していなかったものと認められる。
ところで、控訴人らは、本件機械には製品たる金具の塗装を剥がす欠陥があると主張し、《証拠省略》には、本件機械の納入を受け検収を終えたあとの昭和五八年一一月から一二月にかけて二週間位の間に右機械を使用して約一〇万個の前記金具にビニール加工を施し、国産バネに納入したところ、昭和五九年三月ころになって、製品の塗装が剥がれているとして返品された旨および本件機械を使用することによる塗装の剥落は検乙第四号証の写真のとおりである旨の供述部分があり、《証拠省略》にも同年四月ころ右返品の事実を聞かされた旨の供述部分がある。
しかし《証拠省略》によると、右製品が国産バネから返品されたという時、控訴人谷口は被控訴人に直ちにそのことを通知した訳ではなく、その製品については塗装及びビニール加工をやり直して再び納品してしまったこと、被控訴人に対しては、同年三月末が支払期日の訴外会社名義の手形が「取引なし」の理由で不渡りとなったため、支払の督促に訪れた被控訴人の従業員に、製品に傷があるとして返品された事実を述べただけであり、しかもその欠陥品を見せることもなかったこと、その後も訴外会社振出名義の手形の支払がないため被控訴人の従業員が再三訪れたが、控訴人谷口は本件機械の欠陥を主張する訳でもなく、同年六月ころ被控訴人従業員に、本件機械の使用による傷の発生を防げないかと申し出たことはあるものの、製品同志の擦れ合いで発生するものだから無理だと断わられたこと、同年八月五日及び九月五日に支払期日の到来した控訴会社振出名義の本件手形9及び10については控訴人谷口には「契約不履行」を理由に支払を拒絶したため、被控訴人がその理由を問い合わせたのに対し、控訴人谷口(の子谷口寿一)は、「本件機械は検収後二か月ほどしてから製品に傷をつけるようになり使いものにならないので、機械を直すか、引き取るかしてくれ。」と要求したこと、しかしこのときも、被控訴人が、どのような傷がつくのか見せてほしいと申し入れたのに、これに応ぜず、結局本件機械によりどのような傷がつくかを直接見せることもなしに今日に至っていること、以上の事実を認めることができ、このような事実経過に照らすと、控訴人ら主張のような返品の事実があったとしても、その原因となったという傷が本件機械の欠陥によって生じた塗装の剥落であったと認めるには足りないのであって、検乙第四号証に見られるような塗装の剥落を無視して一〇万個もの製品を加工し納品したというのは不自然であることと右認定の返品後の経緯にかんがみれば、本件機械により検乙第四号証のような塗装の剥落が生ずるとの前記の《証拠省略》の供述は信用し難く、他に本件機械にその主張するような欠陥があると認めうる証拠はない。
そうするとその余の点につき判断するまでもなく、控訴人らの契約解除の主張には理由がないものとする外はない。
四 まとめ
従って、被控訴人の控訴会社に対する、本件手形9、10の手形金二八万円及びこれに対する支払期日後である昭和五九年九月一一日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息の請求は理由があり、控訴人両名に対する本件手形1ないし5の手形金相当の、本件機械売買代金残金のうち七〇万円及びこれに対する右手形の支払期日後である昭和五九年八月一日から支払済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の請求もすべて理由があるから、右手形金請求を認容した手形判決を認可し、売買残代金請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は失当として棄却すべきものである。
次に、被控訴人が当審において附帯控訴により拡張した、控訴人谷口に対する、右手形9、10の手形金相当の残代金二八万円の請求も理由があるが、その履行期限は右各手形の支払期日とみるべきであるから、これに対する遅延損害金の請求は、右残代金の内金一四万円については本件手形9の支払期日の翌日である昭和五九年八月六日から、同じく内金一四万円については本件手形10の支払期日の翌日である同年九月六日から、各支払済まで年六分の商事法定利率による金員の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 富澤達 裁判官下司正明は、転任につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 中川臣朗)